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結婚の風習・今と昔~時代を支えた女性たちにインタビュー~

Written by gumi

結婚を機に上田市に住み始めて11年。
もう周囲からは「新婚さん」とは呼ばれなくなり、自然に上田の方言が出るようになったライターのgumiです。

私事ですが、夫の妹が結婚することが決まり、我が家はちょっとしたお祝いモード。夫婦の会話も「私たちの時はこうだったよね」という話で盛り上がったりします。
結婚や新生活についての話をあれこれしているうちに、「結婚」と「風習」についていろいろと考えました。
時代と共に少しずつ簡素化されている結婚の風習。昔はどのようなものがあったのでしょう?

ということで、私たち子育て世代のお母さん世代ともいえる方々に、今回お話を伺いました。

左、藤原美津子さん
中央、富松裕子さん
右、青木俊子さん(今回の座談会のコーディネーター)
お三人とも今からおよそ40年~50年前のご結婚を経験された先輩です。

テーマは「結婚の今と昔」!
人生の先輩方に「結婚」についてのお話をたくさん伺いました。

結婚式は家から公民館へ!参加費は会費制

最近ではホテルや式場で結婚式を挙げるのが定番。結婚式を挙げずに新婚生活を送るいわゆる「ナシ婚」も増えているようです。当時はどうだったのでしょう?

藤原美津子さん

「当時はまだ家の座敷を開放して行う結婚式が多いなか、仲間や友人が実行委員会を務めてくれる公民館での結婚式も徐々に増えつつあった時期でした。それまでは子ども一人を結婚させるために費用の負担が大きすぎたため、会費制にして両家の負担を減らそうとしたのよ」

藤原さんもその先駆けだったそうで、友人たちが実行委員組んで公民館で結婚式を挙げられたそうです。会費は当時のお金で250円。式に関する段取りは、すべて友人たちによって結成された実行委員で執り行われたそうです。

富松裕子さん

「私は藤原さんより5年後ぐらいに結婚したんだけど、結婚式場というのができ始めたころだったわね。会費制で結婚式を挙げる人達も増えてきていましたよ」

安く借りられる公民館で、みな平等に会費を払って式に参列する。友人たちによる手作りの結婚式。とても経済的で、温かい挙式だったのではないかと想像できますよね。

時代の変化に伴い、家の座敷で行われていた結婚式は公共の施設へ、そして結婚式場へと場所を移しました。専門の式場と専門のプランナーによってつくられる結婚式に変化することによって、会費制ではなく、祝儀という形に変わって行ったのです。

嫁入り道具がその後の人生を決める!?

結婚を経験した読者のみなさんは、「嫁入り道具」というものを用意しましたか?
嫁入り道具も時代の変化によって大きく変わってきているようです。

藤原美津子さん

「私の時代は洗濯機がなかったから、嫁入り道具として“たらい”を持たされましたよ。ミシンや鏡台も嫁入り道具の定番だったわね。一生分の着物を持って行くということも、当たり前のようにされていた時代です」



富松裕子さん

「私の時代には洗濯機はありましたよ(笑) “三つ揃え”といってね、着物や服をいれるタンスのセットは必ずと言っていいほど嫁入り道具として持たされたわよ。」



青木俊子さん

「うちはお婿さんを迎える側だったので嫁入り道具はなかったけれど、男性側は応接セットを持ってきましたね」

最近の住宅はクローゼットのある家が多く、タンスなどの家具を持って行くということは少なくなっていますよね!

昭和の時代にはどの家でも見られた和タンス。
今ではなかなか見る機会もなくなってしまいました。

一生分の着物を持って行くというところからも、嫁に行けば一生をそこで暮らすものという意識が読み取れます。

嫁入り道具は嫁ぎ先で広げられ、親戚の人や近所に人たちにお披露目をすることも慣例だったようです。
どんなものをどれだけ持って嫁に来たかは、嫁のその後の立場にも大きく影響をしたのだそう。

今では食器や家電、寝具などが嫁入り道具の定番とされているようですが、「嫁入り」ということば自体もすでに時代遅れのことばになっているのではないでしょうか。

お母さんの大変さは昔から変わらず!?

藤原さんたちが子育てをしていた1960年代は、0歳児の保育が可能な保育園が全国的にはまだ少なかったようです。
働くお母さんたちを中心に、0歳児保育運動が盛んにおこなわれ、上田市でも少しずつ乳児保育をする保育園が増えていきました。

藤原美津子さん

「保育園の制度は少しずつ整ってきたけれども、小学校に通い始めてからがまた問題でした。0歳児保育運動の次は学童保育を作るための運動に力を入れたのよ」



富松裕子さん

「私たち夫婦は共働きだったからね。保育園のお迎えが一番遅くなることもあって。子どもがかわいそうだと、何度言われたことか」

お母さんたちの働きかけが社会を少しずつ動かし、歴史を作ってきたのですね。

2016年の流行語大賞には、保育園に落ちたお母さんの悲痛な叫びから生まれたことばがTOP10入りしましたが、働く女性と子育ての問題はまだまだ課題が多く残っています。

女性が自分らしく活躍できる社会を作っていくためにも、私たち子育て世代がどんどん声を上げていく必要があるのだと改めて思いました。

お話をうかがってみて

結婚に関する風習は、時代の流れとともに大きく変化してきたということを、改めて知ることができました。
私たちの子どもたちが結婚する頃には、また大きく違っているかもしれませんね。

今回お話をうかがったお三人から、子育て真っ最中のうえかぞ世代、そして結婚を考えている若者へ、大きなメッセージをいただきました。
「結婚をしても自分らしく生きる。夫婦がお互いを尊重し合って暮らす」

結婚生活に悩んだ時、結婚の準備でケンカしたとき、思い返したくなることばです!

藤原さん、富松さん、青木さん、本当にありがとうございました!

About the author

gumi

名古屋生まれで名古屋飯をこよなく愛する、3児の母です。人とのコミュニケーションツールは「食べること」。人と一緒に楽しみながらご飯を食べること、お酒を飲むことを何よりの生きがいとしています。得意料理は韓国料理。パン作りにもはまっています。